【大皿の刺身盛りを一人で食す】やって後悔するまでがセットになっています

刺身盛り合わせ やりたい事

刺身や寿司等、生ものが好きなのである。 

一度でいいからこれを嫌というほどたらふく食してみたい。 

下記の項目と矛盾がある気もするが、それを置いてもやってみたい。 

別に食べ放題という訳ではないのだ。

【実際に食す際のシーンについて】実施時の状況も大いに大事でして 

寿司をたらふくと言ってしまうとどうせ大した量は食べれないので、シャリを除いたお刺身の状態で食べる事を想定している。 

大皿の刺身といえば、大体、4~5人前。 

大体、一皿には5~8種類くらいの数々の魚が乗っているだろうか。 

当然、みんなでワイワイとその皿をつついて食べるのも大変宜しい。 

でも、それを一人で食べてみたいのだ。 

茶碗盛りのご飯と、酒、この場合にはビールになるだろう、それで魚をつまみながらゆっくりと食べる。 

でも、一人で食べるのは寂しいし、周りの目も気になるので、出来れば、友人にも付き合ってもらいたい。 

勝手なものだが友人Tあたりが良かろうか。 

私が大皿を独りで食していたら、なんだか独り占めをしているような状況になるので、この大皿は2つ頼みたい。 

それでこそ、私の分もたらふく、かつ相手にも気を使わないで済むという事である。 

酒も入る訳だから、出来れば旅館の様な場所がよい。 

どうも簡単なようで、実現するには随分、無茶苦茶な状況になっている。 

せめて、私が、付き合ってくれる友人の分も大皿の刺身の費用は持つという事にしないと上記の条件達成はなさそうである。 

友人だって、そんなに大量の魚を一人で食べたいとは思わない事だろう。 

【好きな食べ物へのあこがれ】同じものをたくさん食べるという事について 

人には好きな食べ物という物があるだろう。 

その好きな食べ物だけを好きなだけ食べるという事にあこがれないだろうか。 

食べ放題や飲み放題とはちょっとニュアンスが違うのだ。 

YouTubeで大食いのチャンネルに人気が集まるのは、この好きな食べ物をたらふく食べるという事へのあこがれにつながっていると勝手に思っている。 

あれを見ると、最初はなんてうまそうだ、うらやましいと思うのだが、実食しているのを見ていると、それだけでお腹がいっぱい、もういいやとなる。 

あれは人によって見方は違うだろうが、スポーツを観戦したり、バラエティーを見ている気になる方もいるだろう。 

私の場合、自分の食欲の投影、代償行為であるという事が大きいと思う。 

だから、自分が食べたいと思うものしか興味がないので見る事もない。

でも、いつか代償行為でなくこれを自分でやってみたい。 

いつもはスポーツを観戦しているだけだけど、一度は自分でやってみたいという感じなのである。 

【幼少の頃の好きな食べ物】たらふく食べた後にはあとでしっぺ返しが来た 

幼少の頃、いくつかの食べ物をたらふく食べてみたいというあこがれがあった。 

ケーキ、シュークリーム、マクドナルドのポテト、マスカットである。 

このうち、ケーキとシュークリームについては、既に子供の頃に実施したことがあるのを覚えている。 

最近ではあまり見なくなったが昭和の時代、スーパーで時々100円ケーキのコーナーを特設していた事があった。 

それを母が家族分としてたくさん買ってきた事がある。 

その際に、一度で良いから嫌というほどケーキを食べてみたいと言ったら、それではこれを全部食べてもよいという。 

喜び勇んで、試してみたものだ。 

覚えているのは最初の4つ位までは楽しいのだが、5つ6つとなる内に、もういいやとなっていく。 

最後には気分が悪くなって、結局、食べていいと言われた分全てを食すことはできなかった。 

子供にはやってみないと分からない事もある。 

幼少の頃には反発を覚える事も多かったが、今考えると、他の件も含めて割と理解のある母親だったのだなと考える事がある。 

私はそこまで思い切ったことを子供にさせられているだろうか。 

何を分かり切ったことをと、初めから子供に挑戦させることをしていないかもしれない。 

でも、私が40年も昔の事を鮮明に覚えているのだ。 

きっと、子供にとっては重要な経験となるのだろう。 

ところでシュークリームについては、昔、工場直売のB級品が300円で10個のセットで売っていた。 

これを自分のこづかいで買って、一人で黙々と食べた事がある。 

やはり、半分くらいで気分が悪くなっていくわけだが、最後の方では意地になって食べていたように思う。 

現在のところ、マクドナルドのポテト、マスカット については実行した覚えがない。

が、大人になると味覚が変わるのか、今ではそれらをたらふくという気持ちには到底ならない。 

【まとめ】 

食べ放題に行かない”という記事で挙げた多くの経験、また上記で挙げた幼少のころの経験から、食べている時も、食べ終わった際もあまり楽しい事にはならないと経験的に知っている。 

それでも、この大皿にきれいに盛り付けられた刺身を憂いなく食べるという事にあこがれるのだ。 

私は別に行きたいとは思わないが、よく聞くやりたい事の中にある世界一周とかよりはるかに容易い。 

変なこだわりがあるとはいえ、これくらいならなんとか実行出来そうで、自己満足を得る項目としてはお得ではないか。 

あこがれは止められないのだ。

まさに後悔したくないという問題なのである。 

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