【受けがいい趣味を持つ】趣味は自転車と読書です(人に言わない趣味はブログと漫画かな…)

おじいさんが魚釣りをしている 趣味

私は趣味がない。

いや、正確にはなかったというべきか。

この文章を書いている今では、まあこれを趣味と言っていいかなと思えるものがいくつかはある。

このブログももう立派な趣味の範疇であろう。

【履歴書の趣味欄】趣味ってある程度は人に言えるものがいいですよね

今でもあるのかは知らないが昔の履歴書欄には趣味という項目があった。

アルバイトや就職活動の際にはそこに記入する事にいつも頭を悩ませていた覚えがある。

それ以降は別に趣味がなくとも困ったことはないが、ずっと、知能的、文化的、社会的、体力的なそれぞれの趣味があったらと夢想していた。

知能的なものは例えば、読書、資格取得、語学

文化的なものは、骨董、美術鑑賞、映画鑑賞、音楽鑑賞

社会的なものは、何かボランティア、投資、チャットサークル

体力的なものは、マラソン、自転車、水泳、ジム通い

等々である。

実際、考えるだけで、行動に移すことはなかった。

何かをするという事は何かを犠牲にするという風に考えていたのかもしれない。

【趣味を持つ意味】自分の為にどこまで時間が取るのが適切だろうか

どういうことかといえば、まだ子供が小さい頃は本当に色々忙しい。

子供が小さい間は子供にずっと付き合って休みの際にはどこかに連れて行ったりした。

そんなわけだから私だけが何かに没頭するとか出かけるという事はしかねたのだ。

子供の世話をしながら、自分の趣味を謳歌できる人は皮肉でもなく本当に尊敬する。

私はそのような器用な真似は出来ない。

世の親たちは本当に大変だと思う。

こんなに大変だなんて誰も教えてはくれなかった。

私の親も同じように大変だったのだろう。

今更ながら頭が下がる。

そりゃ、子育てが大変だという話はどこにでもあふれている。

でも本当に大変だという実感は自分のものにならなければ判らないと思う。

その時になるまではどこか他人事だったからだ。

もっともそれはそれで楽しかったので子育てが趣味であるといえばそうだったのかもしれない。

不誠実な趣味であったかもしれないが。

【立派な趣味】多少は余裕が出来てきたのでサイクリングをする事に

今は、下の子供も10歳を超えてきているので多少なりとも時間が出来た。

別に四六時中拘束されるわけでもないが、土日の内のどちらか1日数時間位は一人でどこかに出かけるのがうしろめたくなくなってきているのだ。

これだけでも心に大分余裕が出来た。

そして、その時間で最近やっていることがある。

サイクリングだ。

私の自転車は折り畳みでタイヤが非常に小さい。

そもそもは妻がどこか近所に行くのに購入したものだ。

今ではもっぱら私が使用している。

川沿いの自転車道を長い時では50キロ以上も走ることがある。

大体のコースは決まっており、まず近所のコンビニで昼食を購入し、目的地の一つとなる遠くの大きな公園で食べるのだ。

天気が良い日にえっちらおっちら自転車をこいで進んでいくとこれが思いのほか気分が良い。

【まとめ】

日頃の仕事上のストレスが解消されていく気がする。

雨天とか、強風、あまりに寒い日には出かけられないが趣味と言って良いと思うくらいには続いている。

本項目は達成したと言っても差し支えなかろう。

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