年齢を重ねると、どうも体に不調がある気がする。
【きっかけ】整体とマッサージの違いってなんだろう
気がするというのは、いつも不調状態にあるという訳ではなく、まれに足が痛いの腰が痛いのとなり、それが何もしなくても解消してくれるのである。
すると、自分の中でそれは解消されてしまい、なかった事になる。
痛かったことすらぼんやりとしか覚えていない。
これが継続し頻度も上がってくると、体の完全な不調として認識されるのだろう。
だから今はその手前なのである。
別の項目にはマッサージ店に行くという事を挙げている。
何だかこれと似たような項目である気がするが、このマッサージに行くという項目は健康を目的としていない。
リクリエーションの様なものである。
一方、本項目、【整体に行く】は切実に健康を目的としており、結果が出てもらわなくては困る。
自分の中ではこの様に違いを持っている訳である。
【要因と結果】姿勢やO脚がもたらす影響を教えて貰おうかと
しかし、自分で挙げておいて何だが、整体というのはそんなに効果がある物なのだろうか。
本項目のきっかけとなっている、足が痛いの腰が痛いのという事は、実は私の中で既に原因と結果が折り合っているのである。
私は姿勢が悪く、O脚で内股である。
並べ立てればひどい感じだが、まあ、そこまでひどいとも思ってはいない。
あくまでその様な傾向があるという程度である。
しかし、上記の不調の原因はそこにあるのではと思っている。
大したことはないと思っている色々な不都合が積もり積もって、体に不調をきたす。
ありそうな事である。
以前、10代の頃に悩まされた謎の頭痛は結局肩こりが原因だったので、枕を低くしたらすっかり治った。
その様な事を期待しているのである。
要因は分かっているが、整体にでも行けば何か自分では気が付かない良い事を教えてもらえるのではと。
【コンプレックスについて】言いにくい事も時が解決する事もある
ところで、先ほど、私は姿勢が悪く、O脚で内股であるという事を述べた。
以前は、これが結構コンプレックスとなっていた。
見てくれとしてちょっと貧弱に見える事を気にしていたのだ。
ところが、この年になってくるとこの様な事はどうでもよくなってくる。
これらの問題も問題としてさらっと挙げる事が出来ている。
もし、結構これら自体の見てくれを気に病んでいるのであれば、ここでさらさらと出てこないのではなかろうか。
人間は、問題のある事、気に病んでいる事はあえて目をつぶろうとする。
しかし今では寧ろ、これらを要因とする健康被害の方に気がかかる。
年齢を重ねたから、人がどう見るかとか、自分がどう考えるかをある程度感覚としてとらえているのだ。
この様な事は年を取る事の利点と言えないだろうか。
まあ、一種の諦めといえるかもしれないけど。
難しくかっこよく言えば諦観とか、達観とかいうのではないかな。
まあ、何が言いたいかっていうと、ある程度のコンプレックスは年が解決してくれますよって事である。
【代償について】痛いからって効果があるとは限りませんよね
整体では期待している事もある。
これは、痛いだろうという事だ。
いやいや、痛い事は大嫌いだ。
しかし、主にリクリエーションを目的としたマッサージ店に対し、こちらはある程度の痛みを覚悟している。
きっと、気持ちよくなどない事であろう。
しかしきっとそれでよいのだ。
薬であれば苦いほど体に効くだろうし、修行であれば大変なほど精神に効くだろう。
整体で痛いとなればさぞかし効果があるに違いない。
と、考えてしまう。
これが正しいのかと言えば、よくわからない。
というか、考え方としては多分大きく間違っている。
苦労した人が成功するとは限らないし、学習方法が間違っていれば結果は出ない。
徒労感が残るだけである。
正確な情報が必要なのだろう。
考え方は間違っていると分かっているのだが、これも感情的な問題なのだろう。
【まとめ】
今、すごく困っているという訳ではないので、歯医者や眼医者の様にすぐに行かなければという事はないのだが、気づきの一つとして行っておきたい。
そうする事で、これから予想される不調について発生を遅らせる事が出来るのではと期待している。
あまりに痛いにもかかわらず、効果が薄かったら通院するのをやめてしまうかもしれないけど。
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