バケットリストを作っていて、思いつく都度、ノートに書きこんでいた。
やがて、やりたい事の他に、やりたくない事とかそうありたくない事も結構ある事に気づく。
バケットリストと一緒にしておくのも気が引けた。
あれはやりたい事の一覧、こっちはやりたくない事だ。
一方このブログの目的は、後で後悔しないようなライフを送る事。
だから、このリストも併せて準備する事にした。
要はやらない事をやりたいのだ。変な言葉遊びになってしまっているが。
【生活の中での心掛け】日々、やらない事を心がける事でより良い生活を目指す
昔からの私を知っている人から見れば、修行僧かよ、と突っ込みたくなることだろう。
いや、私の心の中でも、時々私自身に突っ込みを入れている。
早寝早起きをして、酒を飲まず、テレビも見ない等々の規則正しい生活は以前の状態と大分変わった。
でも二日酔いとかでだるいとかは無くなったし、体は大分楽になった気がする。
コロナ禍の影響もあるのだが、食べ放題にもいかなくなって、食べる量自体が減っている。
でも、心は?ストレスはなにかを制限するという事は代わりにストレスが発生しているのではないか。
気が付いていない所で家族や自分の心に軋みがないかとかはしっかり気を配る必要がある。
今のところ、早起きとか減酒がストレスになっているという事もそこまで心配する様なレベルにはないと思うけど。
生活の中で何かをやめるという事での変わり種代表格は、下の記事かなと。
もっとも軋轢を生みそうな内容。
まあ、これに関してだけは、どうしても年賀状という制度が好きになれなかったので、自分の身勝手であるような気がして心が重くなる。
また、ちょっと心配なのは、私がテレビを見ない事で、他の家族もあんまり見なくなっている事だ。
誓って言うが強制も促しもしていない。
でも、どうも私の生活を見ていて、それに影響を受けている気がする。
多分、子供たちは私が努力家、勉強家だと思っているフシがある。
とんだ誤解である。そんなのこの1、2年の事だ。
それまでの私はどこに出しても恥ずかしくない立派な太鼓腹のだらだらおっさんだった。
良い方向に進むならいいのだが、こればかりは結果論でなかなか難しい。
何事も極端である事には問題がある。
【テレビの話】昔であればずっとつけっぱなしでした
中でも生活が大きく変わったと思うのはテレビの事である。
あれだけ、ずっとつけっぱなしで電気代のかなりの部分を占めていたようなものが、今では、待機電力ってどれ位なんだろうと気にかかる位である。
まあ、子供が時々見ているので、そんな面倒な真似はするつもりはないけれども。
人を変えようと思うとお互い不幸になりがちだ。勝手に変わるのを待った方が良い。
しかし、私が子供の頃だったら、だらだらとテレビを見ていたなあと。
あの、子供時代のだらだらというのも、実は人間形成に必要な事ではないのかと思う事があるのだ。
土曜の夜にはひょうきん族を見ていたし、テレビはずっと付きっぱなしだった。
その他にもしょうもない番組をいくらでも思い出せる。
もっとも、末っ子の立場の私にはテレビの選択権はあまりなかった気もするが。
更に親父は野球中継を見たがったので、全然、興味がなかった私には非常に迷惑な事だった。
そして次の日、そのテレビの話題で学校で盛り上がるのだ。
今では、夜、家庭においてテレビが付く事はあまりない。
娘と隣どうしで本を読んでいる事が多い気がする。
はたで見ていれば意識高い家庭かよ!って突っこみたくなる。
もっとも読んでいるのは、漫画であったり、図書館から借りてきた子供向け小説だからまあ、テレビとはそう変わらないのかもしれないけど。
以前なら食事している時にテレビがついている事がもっぱらだったが、妻がテレビの位置を変えて以降、ダイニングから見れる状態ではなくなった。
もはや、今やっているテレビ番組で私が思い出せるものは、娘が見ている猫やら犬やらの動物が出てくるものくらいである。 名前は知らないが。
ある日、心配になったので、こんなにテレビを見ないでもちゃんと学校での話題についていけるものなのか、娘に聞いてみた。
すると、他の子も似たようなものだという。
文句を言われたのは、YouTubeの視聴についてだ。あとはテレビゲームの時間が決められている事。
今ではテレビよりもYouTubeを見れない事の方が問題であるとの話だった。
まあ、これはどうせ、時期が来ればスマホで好きなように見る事だろう。
時代はどんどん移り変わっていき、やる事ややらない事も変わっていくものだなと思う。
【仕事上での心掛け】気を付けるべきことはこれらの他にもいくつもあるのですが
実際、仕事においては色々気を付けている。
特に、押し付けがましいとか、説教臭いとか、面倒とかその様に思われない様に気を遣う。
言葉遣い一つで物事に与える効果が大きく違ってくるので、気を付ける必要は大きい。
まだまだ、足りていないから心がけていかなければならないけど。
また、仕事上、プロジェクト運営をしていると、なんというか物事を思う方向に持って行くには絶妙な方向修正が必要である。
突然右とか左とかの90度カクカク曲がっていく事など軋轢を生んでしまって仕方がない。
大きく変えるには議論を必要としてしまう。
相手を打ち負かし、自分が右に行く必要があると思えば、左に行こうと思っている人と論議して勝たなければならない。
そうすると経験上では、よしんば議論に勝った所でうまくなど行かない事の方がはるかに多い。
そこで、ちょっとづつ変えていくのだ。
最初は15度、次は10度、そこまで行ったら次は20度とか。
手を出すのではなく、動いている何かをつんつんと指先でつつく感じで。
完全な形でなくともいいし、時間がかかってもよい。
短気な人ではこれが出来ないし、両腕で力いっぱい一気に変えるのが仕事や改善と思っているのが困る。
小さな変化を長くしつこく続けることで、いつかはそれっぽい感じにはなるのである。
そうすれば議論も不要だし、気づかれない。でも3年前と比べれば大きく変わっている。
仕事で結果を出すにはこれが大事で理想だと思っている。
【よくなるためにやらない事】 悪口は言わないとか、2次会には行かないとか
確実にしない方が良い事という物がある。
例えば、下記の記事。
人の悪口など言わない方が良いに決まっている。
でも、なかなかこれが難しいのです。
自分から言い出すことはまずないけど、やっぱり人が言っていれば私も混ざりたくもなるし、ちょっとしたサービスもしたくなる。
これは、まあ話の持って行き方に関するテクニックの問題なのでしょう。
私はそのテクニックがまだ足りないという事。
また、例えば会社の飲み会に行かないと決めてしまえば、今度は私が悪口を言われる方になるかもしれない。
付き合いが悪いだの、そういえばあいつはだの。
そこで、1次会から行かないのも何を言われるか分からないので、ちょっと小心者の身としては2次会には行かないという事を目標にしているのです。
いや、悪口ぐらいは既に言われているかもしれず、今言われていないと思うのは過信かもしれない。
でも心の健康を考えればそう考える方が合理的であるから、言われていないと信じる事にしよう、多分。
また、良くなるためなのかは疑問が残るが、もういいかなという事で心がけたいのが下記の項目である。
自動車って高いので、次に買うなら中古車にする。
そういえば、今の車にする前は中古車だった。
安く買って、10年以上乗っていた。
こだわりがないならあんまり変わらない。
そういえば、アパートとかは中古が普通であるのに、車の新車があれ程好まれるのはなぜなのだろう。
今気が付いたが、アパートに対して新築じゃなければ嫌だという人は少数派だろう。
車は新車である事に2割、3割のプレミアムが付くが、アパートが新築だから2割、3割家賃が高いというのはないのではないか。
この事からも、次は中古でいいやと思わされた。
【まとめ】
人間、物事全てに100点である事は不可能だと思う。
私だってこのバケットリストの項目全てが達成できるなどとは考えていない。
ただ、せめてどっちに何があるかの地図みたいな指標がある事が必要かなとは思っている。
なにか、時間があっても、俺って何がしたかったんだっけ?と一から考えるのではチャンスを逃してしまう。
このバケットリストがあれば、一日完全な休みが取れた時に、ああ、おれは博物館に行きたいのだった、と思い出すかもしれない。
ああ、こんなことはしない様に心がけたのだった、忘れていた… とリストを見るたびに思い出すだろう。
それで少しでも後の後悔のネタが減り、満足な人生だったと思えるのなら安い物ではないだろうか。
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